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儚くなってしまった彼女とは違い、己の血をひく存在である息子は、時として手に余るほど健康に育っている。
聞く所によると、この息子は他の子供よりもやや成長が早いらしい。
赤子に多いらしい、熱を出したりすることも滅多になく、ただただ健やかに育ってくれている。
最近では、人を下がらせて息子と二人で過ごす時が一番穏やかに過ごすことができる。
まだ言葉もおぼつかぬ赤子は、相手をして貰える事が嬉しいのか。
父と一緒にいる時だけは這い回ることもせずに、飽きもせず膝で笑っている。
己よりもやや高い体温の息子を抱いていれば、自然と口元も緩んでくる。
胸中を押し潰さんばかりに重苦しかった想いはすでにない。
一時の重苦しさはなんだったのだろう。
当時の胸中を冬とするならば、現状は小春。
爛漫に咲き誇る喜びとまではいかなくとも、それでも十分に暖かい。
今はただ、時折ふと思い出しては、若干の寂しさと共に胸中を流れ去っていくのみだ。
穏やかな声で名を呼ばれることがなくなってから、そろそろ二つの季節が過ぎる。
周りからの声も出始めている。
そろそろ、当主としての勤めを果たさなければならない。
後添えを、迎えなければいけない。
正直に言えば。
できよう筈もないが、本当は、このまま息子と二人で穏やかに暮らしていくのもいいかも知れない。
そう思っている。
そう、できようはずもない。
もともと、彼女を妻に迎えたのも当主としての役目から。
己は、家を背負って立つ役目を果たさなければならない。
他家の娘と婚姻を結び、その繋がりを持って家を守らねばならない。
せめて、と日を延ばすのもそろそろ限界だ。
あまり気が進むわけではない。
けれど、ふと思う。
次に我が家で奥と呼ばれることになる存在は、彼女と似た所があるのだろうか。
期待するような、違って欲しいような。
己はどちらを望んでいるのだろうか。
顔も声も思い出せない薄情さだというのに、そんなことをぼんやりと思った。